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岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)94号 判決

原告 三洋興産株式会社

右代表者代表取締役 小野田米男

右訴訟代理人弁護士 河原太郎

右訴訟復代理人弁護士 河原昭文

同 菊池捷男

被告 日産コニー岡山販売株式会社

右代表者代表取締役 大野一夫

右訴訟代理人弁護士 松岡一章

同 尾迫邦雄

右松岡訴訟復代理人弁護士 波多野二三彦

同 服部忠文

主文

一、被告は原告に対し、金一一六万一〇〇円および内金二四万六〇〇〇円については昭和四二年一〇月二五日より、内金四三万四一〇〇円については同年一一月二三日より、内金二一万五〇〇〇円については同年一二月一一日より、内金二六万五〇〇〇円については同年一二月一六日より、それぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は原告において金四〇万円の担保を供するときは第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告の申立

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言

二、被告の申立

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  手形割引

原告は、訴外美仙武男の依頼により、同人に対し、左記の通り約束手形五通の割引をなした。それらの手形は、いずれも振出人被告、振出地、支払地ともに岡山市、支払場所株式会社中国銀行清輝橋支店と記載されていた。

(二)  原告の損害

原告は、右五通の約束手形を割引き、訴外美仙武男に対し割引金計一一六万一〇〇円を支払ったが、右五通の手形はいずれも偽造によるものとの理由で支払を拒絶され、原告は割引金相当額の金一一六万一〇〇円の損害を蒙った。

(三)  被告の責任

割引日

額面

割引金額

振出日

満期

1

昭和四二年一〇月二四日

二九万五、〇〇〇円

二四万六、〇〇〇円

昭和四二年一〇月二三日

昭和四三年一月一五日

2

同年一一月二二日

二〇万六、九〇〇円

一六万八、九〇〇円

同年一一月二〇日

同年二月二五日

3

右同

三二万六、九八三円

二六万五、二〇〇円

右同

右同

4

昭和四二年一二月一〇日

二六万四、〇〇〇円

二一万五、〇〇〇円

昭和四二年一二月七日

右同

5

同年同月一五日

三一万五、〇〇〇円

二六万五、〇〇〇円

同年一〇月二七日

昭和四三年一月一五日

割引金計 一一六万一〇〇円

(1) 被告の使用者としての責任

本件各手形は、被告会社の業務課長であった訴外渡辺博夫が従前の経理課長当時に保管していた代表取締役(戸倉正春)印の押捺された手形用紙を利用して偽造したものであるが、渡辺は本件各手形を偽造する二、三ヶ月前までは被告会社の経理課長として手形行為をなしていたのであり、その後業務課長に変わったとしても、部外者たる原告はその事情を知るべくもなく、ことに渡辺は経理課長時代すでに手形偽造行為を繰り返していたのであり、本件各手形の偽造は経理課長時代の手形偽造行為が発覚するのを恐れてなしたものであるから、本件各手形の偽造は渡辺の業務課長としての職務の執行とは関連なしといえども、関連ある場合と同視しうべく、被告会社の被用者たる渡辺が職務の執行に関連して原告に前記損害を与えたもの故、使用者たる被告会社は右損害を賠償する責任がある。

(2) 被告会社の一般不法行為責任

仮に、右(一)の被告会社の使用者としての責任が認められないとしても、手形用紙のごとくその偽造によって第三者が損害を蒙る危険の大きいものを利用する者は、その管理を厳重になすべきで、特に被用者等にそれを保管させる場合には、各手形用紙に番号を付し、常にその枚数を確認する等の措置をとるべき注意義務が存するにかかわらず、被告会社は漫然と被用者たる渡辺を信用し、かかる監督措置を講じなかったために本件各手形偽造行為を誘発せしめた。

二、請求原因に対する認否

(一)  請求原因第一項の事実中

原告が訴外美仙武男の依頼により本件約束手形五通を割引いたことおよび各割引日、割引金額については不知、その余の事実は認める。

(二)  同第二項の事実中、本件手形が偽造という理由で支払を拒絶せられた事実は認めその余の事実は不知。

(三)  同第三項(一)の事実中、被告会社の業務課長をしていた訴外渡辺が本件手形を偽造したこと、同訴外人はその前経理課長であったことは認めるが、被告の責任は否認する。

(四)  同(二)の事実は否認する。

三、抗弁

(一)  被告会社は、渡辺の監督につき十分なる注意義務を尽した。

即ち、被告会社は、渡辺が経理課長から業務課長に転ずるに当り、厳重に事務引継を行い、経理課長保管にかかる帳簿類、ゴム印、チェックライター等については後任者である訴外壬谷秀が説明、引継を受け、手形用紙、有価証券、賃貸借契約書等の重要書類については経理課長の上司である総務部長の訴外大城嘉伸が厳重確認のうえ返納を受けた。

(二)  損害の一部填補

仮に、原告主張のごとき手形割引がなされたとしても、

請求原因第一項表2ないし4記載の三通の手形は原告において所持されておらずこのことは原告が右三通の手形を第三者に譲渡して対価を得ていることを意味するものであり、原告主張の損害のうち、右三通の手形に関してはすでに損害は填補されている。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実中、三通の手形を現に所持していないことは認めるがその余の事実は否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本件手形がいずれももと被告会社の業務課長であった訴外渡辺博夫によって偽造され右手形が「偽造」という理由で支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、右渡辺は業務課長に転出前の経理課長時代から何回か被告会社の手形を偽造しており、本件各手形は経理課長時代に保管していた被告会社の代表取締役(戸倉正春)印の押捺されていた手形用紙を利用して偽造し、これを訴外美仙武男に交付し、右美仙より原告の手に渡ったものであることが認められる。

三、被告の責任

よって次に被告会社の使用者としての責任の有無につき判断する。

前記認定の事実および≪証拠省略≫を総合すると訴外渡辺博夫は昭和三八年六月頃被告会社に入社して経理課長となり、昭和四二年九月一一日に業務課長に転ずるまではずっと経理課長の職にあったこと、従ってその間経理事務を担当し、その一環として小切手や約束手形の振出業務にも携わり、そのため手形用紙、日付印、チェックライター、振出人記名用のゴム印を保管し、経理課長の責任で必要な額面金額、支払日時の記入、振出人の記名印等の押印等をなしていたこと、振出人欄に必要な被告会社の社長印は社長に代り総務部長が保管し、必要事項がすべて記入された手形や小切手に総務部長が右社長印を押印し、総務部長不在の場合は他の役員が決済し押印することになっていたが、他の役員も不在の場合は経理課長が一時的に預かり保管することもあったこと、ところで、渡辺は経理課長時代の昭和四二年三月頃、前記美仙武男に被告会社名義の約束手形を偽造して融通してほしい旨頼まれ、自己の保管している約束手形用紙にそれぞれ必要な道具を使って手形を作成し、これに前記のように総務部長不在の際預った社長印を押印して原告会社の約束手形を偽造し、これを美仙が金融業者に割引いてもらって金融を得、その後も次々と前の偽造手形をおとす必要上同様の方法で手形を偽造していたこと、ところで本件手形については、昭和四二年一〇月に渡辺が業務課長に転じて後やはり美仙から手形の偽造を依頼されたので、渡辺は経理課長当時保管していた手形用紙中に、既に振出人の記名ゴム印や銀行印、社長印が押印ずみでその他は白地の手形が一三枚あり、これを経理課長をやめる当時、引き継ぐのを忘れて持っていたのでこれを利用して偽造することとし、翌日被告会社の事務室において前記振出人欄に既に記名押印ずみの手形用紙一枚の額面欄に会社にあったセールスの携帯用のチェックライターで金額を記入し、支払期日欄には業務課の事務用の日付印で日付を押印して手形を偽造し(これが請求原因一、1表中1の手形である)、以後同様の方法で次々と各振出日記載の日に本件手形を偽造して美仙に交付し、美仙が原告に割引いてもらっていたことが認められる。

ところでおよそ被用者の行為が使用者の事業の執行につきなされたというためには、被用者の行為がその外観から見て使用者の業務執行とみられることをもって足り、かかる観点からは、渡辺が経理課長当時に手形を偽造した行為が、被告会社の事業の執行につきなしたものというべきことは多言を要しないところであろう。ところで、本件手形は、渡辺が業務課長に転じた直後の昭和四二年九月二〇日頃から同年一二月二八日までの間に次々と一二回にわたり偽造した手形のうち昭和四二年一〇月二三日から同年一二月七日までに偽造した五通である。

しかしながら経理課長時代から引きつづいて偽造していたこと、業務課長に転じたごく近時点での偽造であり、その偽造方法も、被告会社の経理課長当時から保管していた正規の手形用紙に正規の社長印を用いての偽造であること等に徴すれば、外形上業務執行中と同一視すべき状態のもとでなされた行為というべきであって、第三者の立場からは被用者たる渡辺がその事業を執行するものと信じたことが無理からぬ場合というべきである。

そうすると被告は被用者たる訴外渡辺の本件手形偽造なる不法行為により、第三者たる原告が蒙った損害を賠償する義務を負うというべきである。

四、原告の蒙った損害

≪証拠省略≫を総合すれば、原告が本件各偽造手形を原告主張の各金員で割引き、計金一一六万一〇〇円の割引金を訴外美仙に支払った事実が認められ、右認定に反する証拠はない。又、右各手形がいずれも「偽造」との理由で支払を拒絶されたことは当事者間に争いがないから、結局原告は右一一六万一〇〇円の損害を蒙ったことになる。

五、よって次に被告の抗弁について判断する。

(一)  被告会社が渡辺の監督に十分な注意義務を尽したとの抗弁について。

≪証拠省略≫によれば、被告会社は従業員八〇余名を有するかなりの規模の会社であり、六部制を採り、会社業務の事務分配は相当細分化されていたこと、総務部に所属する経理課が手形振出を相当していたが、右のごとく細分化された事務手続では繁雑なので経理課長とか総務部長が手形を振出そうとすれば簡単にできるような体制を採っていた事実が認められるが、かかる体制をとる以上、手形の管理は厳重になすべく定期的に検査をなすべきであるが、被告会社にあっては経理課長渡辺を信頼してか右注意義務に反し、何んらの措置も採らなかったものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

又、本件各手形を偽造した渡辺は業務課長に転じられる以前の経理課長時代に保管していた手形用紙を利用したのであるが、≪証拠省略≫によれば、渡辺が被告会社の経理課長から業務課長に配置換えになった事情は、当時被告会社において具体的に不正な事実が判明していた訳ではないが渡辺の経理事務が不明朗であったためであることが認められ、右配置換えに伴う事務引継も一応なされているが、配置換えの理由が右のような事情であれば、手形用紙などのように容易に偽造に利用されるものについては、特に厳重に調査すべき義務があるにも拘らず被告会社はこれを怠ったものというべく、被告が十分に監督をつくしたとは認めることはできず被告の抗弁は採用できない。

(二)  損害の一部が填補されたとの抗弁について。

被告は、原告において本件五通の手形のうち満期を昭和四三年二月二五日とする三通の手形が所持されず、このことは原告が右三通の手形を第三者に譲渡して対価を得ていることを意味し、右三通の手形については原告の損害は填補されていると抗弁するところ右三通の手形を原告が現に所持していないことは当事者間に争いがなく≪証拠省略≫によれば、右三通の手形は渡辺の有価証券偽造被疑事件に関し、昭和四三年二月九日岡山西警察署に領置され、同月一七日原告代表者の妻訴外知子に仮還付されたこと、その後支払期日にそれぞれその呈示がなされた事実が認められるのであるが、この三通の手形について損害が填補されたと認めるべき証拠はない。

六、結論

以上の次第で、その余の点を判断するまでもなく原告の請求はすべて正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 浅田登美子)

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